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ご挨拶 |
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こんにちは、環境ワークス代表で環境安全衛生コンサルタントの黒崎由行です。CSR意識の高い企業にコンプライアンスを支援する誠実がモットーの環境安全衛生スペシャリストです。
23歳で入社した化学会社で大爆発事故があり環境安全衛生管理部門に配属されて以降、水質問題、悪臭、土壌・地下水汚染、死亡災害などを経験し、33歳で独立後はISO14001・OHSAS18001の審査やコンサルティングを通して様々な環境安全衛生問題と対峙してきました。
環境カウンセラー(環境省)、労働安全コンサルタント(厚生労働省)、労働衛生コンサルタント(同)などの多数の公的資格を保有し、NPO法人国際・環境安全衛生ガバナンス機構の代表理事、外資系大手ISO審査登録機関の主任審査員、外資系グローバル企業3社の顧問コンサルタントを務める、環境安全衛生に26年携わるESHエキスパートです。
ご挨拶の意味も込めて自己紹介をさせて戴きます。
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▼全く勉強しなかった学生時代
学生のころはテニスや音楽に明け暮れていました。有機化学の教授とテニスで勝負してテストの点数を上乗せしてもらったことを覚えています。
卒業時も深く考えずに高圧ガスのメーカーに就職しました。最初に配属されたのは鹿島コンビナートの酸素窒素製造プラントでした。プラントでは危険物や高圧ガスの資格は必須要件で私もいくつかの資格を取得しました。これがそののちの運命に大きな影響を与えることになります。
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▼環境安全衛生との出会い
地元に戻るために転職をしたのですが、私が入社した某化学系企業では、その前年の昭和58年に有機溶剤乾燥炉の大爆発事故が発生しました。その対策の一環として環境安全部門の強化を計画し若手を探していたのですが、そこにいくつかの資格を持っていた私がはまってしまったのです。本当は研究開発や生産技術を希望していたのですが。
折しもバブルの絶頂期、膨大な設備投資がされ、環境課、労働基準監督署、消防署等への許認可業務が大きなウェイトを占めましたが、お陰で社内コンサル的な立場となりました。
環境安全監査対応や教育訓練の仕事など忙しい毎日を送っていましたが、大きな転機を迎えます。
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▼死亡事故の衝撃
平成3年5月某日、休日に上司からの電話を受けました。作業者が自動機械にはさまれて胸部圧迫により死亡したのでした。
会社幹部へ、労働基準監督署、警察署など関係機関による厳しい追及、そして葬儀の対応などに忙殺される数週間。事故の原因は、その装置の自主保全清掃の際に、被災者が電源を切らなかったこと、そして事故を防ぐべき安全装置にも欠陥があったのです。
会社にも、当然、環境・安全衛生担当であった私にも、教育訓練が不十分であったこと、安全装置の設計審査が不適切であったことなど安全衛生管理に落度があったのです。
その事業所は業種別無災害の日本最長記録を保持するほど環境・安全衛生には力を入れていた筈なのですが・・・。
その事故が一つの契機となり私はその会社を辞めました。もともと独立志向が強く、会社勤めを辞めないと始らないと思ったからです。
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▼退職から独立
退職後は産業廃棄物の技術営業を1年経験しました。当時の産廃業者のレベルは低く、もっと良い営業ができるだろうと修行のつもりで取り組みました。しかし工場での経験しかない私にとって営業という仕事は想像以上に難しいことと、今までの実力は自分ではなく会社の実力であったことを学びました。
その仕事は1年で辞めて環境ワークスを設立しました。ある環境計量証明事業所の役員も務めさせていただき無難なスタートを切ることができました。
ある日、産廃の仕事をしていた頃の顧客の外資系企業から声を掛けて戴きました。米国本社の環境安全衛生(ESH)監査があるのでサポートして欲しい、ということでした。監査対応は相当経験していましたので喜んでお手伝いさせて戴きました。
それなりの準備の上で迎えた米国本社のESH監査は私のターニングポイントともなりました。
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▼米国流マネジメントとの出会い
米国人ESHプロフェッショナルの罵声にも似た厳しい指摘。それは、日本のESH監査とは大きく異なるものでした。
たとえば、保護マスクを例にとると、
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日本 |
「この作業では有機溶剤を扱うのだから保護マスクを着用させないとダメだ。」 |
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米国 |
「保護マスク着用のリスク評価の手順はあるのか?」
「マスク着用のトレーニングの方法は?」
「その記録は?」
「マスクのメンテナンス方法は?」
「健康診断の妥当性チェックは?」 |
当時はISO14001やOHSAS18001など影も形もない時代です。
日本はモグラ叩き、米国はシステム。何というレベルの相違でしょう。アメリカ人から馬鹿にされたように指摘されたことよりも、マネジメントシステムの優位性に衝撃を受けた瞬間でした。
それから私は米国のESHマネジメント手法を勉強し、米国労働安全衛生庁のトレーナー資格も取得しました。ESHマネジメントは、気合とか作業者の注意によるものではなく、確立されたテクニックとシステムによるものであることを理解したのです。
現在、私は企業の外側から、コンサルタントとして、主任審査員として200以上の企業を見ていますが、現状の日本において、環境・安全衛生管理、そして環境・安全衛生ならびにISO14001/OSHMSへの理解は、先進国アメリカより10年以上遅れているといわざるを得ません。
それは一つには、「問題が発生してから対処する」という、訴訟の少ない日本での、受身的体質が影響しているからかと思います。
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▼ライフワーク
私はこの仕事を重ねるうちに、環境安全衛生先進国であるアメリカの実情を、かなり掘り下げて長年に渡って研究してきました。良くも悪くも訴訟社会であるアメリカでは、「環境安全衛生管理に関しては何かが起きてからでは遅い」という認識が徹底しています。
「本物のESHマネジメントを伝承する」それが私のライフワークだと思っています。書類ベースではなくリスクベースのマネジメントへの転換を啓蒙するためにNPO法人国際環境・安全衛生ガバナンス機構も設立して今日に至ります。
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▼プライベート
最近、意識した訳ではないのですがLOHAS思考になってきました。オフィスでもKOHALAなどのヒーリング(癒し系)音楽やを聞き、アロマを焚いてリラックスを心掛けています。また下手くそですがウクレレも弾いています。リタイア後はハワイでのんびりすることが目標でもあります。
二人の娘は大学に通うために東京で暮らしており、今は妻と愛犬マーブルとの落ち着いた生活を送っています。
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最後までお読みいただき有難うございました。私の環境安全衛生に対する姿勢をご理解いただければ有り難く思います。 |
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社名について |
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環境ワークスの「環境」とは三つの環境「地球環境」、「地域環境」、「職場環境」を意味しています。また、ワークスWorksとは工場、製作所、良い行い、業(わざ)、作品などの意味があります。
良い環境(地球・地域・職場)を作り出す支援をしたいという社是を示しています。 |
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ロゴマークについて |
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弊社のロゴはクリエイティブ・グラフィックス・プルーラ(creative graphics plur)のアートディレクター/グラフィックデザイナー宇賀地裕子氏のデザインによるものです。
環境ワークスの「K」と「W」をあしらい、Kの上部のブルーは空を下部のブルーは水を表しています。またWのグリーンは木や植物の緑を表しています。
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